略年表
| 年 | 歴史 |
| 1992年 | 会長K本と副会長K迫が広島のとある中学校で出会い、会長の居住地の名を冠し、 「アキナガ緒方会」を結成。 |
| ↓ | その後、細々と2名での活動を続ける。(中断時期あり) |
| 2006年 | O智、N山、U田を迎える。 |
| 2007年 | 各方面への影響力の強さを高く評価し、N山を顧問へ昇格。 |
| 市民球場への参戦率の高さより、U田を副会長へ昇格。副会長2名体制となる。 | |
| 会員に、N木、D井を迎える。 | |
| 会員に、A木、K上、準会員にS村を迎える。 | |
| 参戦率の高さ等、諸能力を勘案し、N木を業務部長へと昇格。 | |
| 会員に、I下(→M尾)、A香(→I橋)、Y田、I村を迎える | |
| 準会員に、Y川を迎える | |
| 現在15名にて、広島東洋カープを外野ライトスタンドより、鋭意応援中である。 | |
| 副会長Kの、会長との出会い(公式ブログ2007年11月14日より転載) それより今日は、謎の人物「会長」と、僕との関係について書きたい。好き勝手に(笑) ご存知(知らんか?)の通り、僕のアキナガ緒方会内での役職は「副会長」である。 これはつまり、当会には僕の上司たるところの「会長」という人物がいることを意味する。 僕と彼「会長」との付き合いは長い。 中1からだから、かれこれ15年以上の付き合いになる。 彼と知り合った年、奇しくもカープは最後の優勝をとげた。 当時のカープは強かった。何しろ、投手陣が鬼。 当時、僕らみたいなスタンスで応援していたカープファンは幸せだと思う。って言うか、羨ましい(笑) だって、当時のカープはすんごく強かったのだから。 僕ら広島の子供は、 当時のスターたち・・・ 例えば北別府や大野の投球フォーム、 浩二や慶彦・・・挙げ句はランスの打撃フォームから、 達川のコンタクトを落とした時の仕草まで、完璧に真似できたものである。 何の自慢にもならないけど(笑) とにかく、そんなカープ好きな少年2人が知り合った。 僕は当時、西田や片岡のような渋くて勝負強い選手が好きだった(それも野球好きな中坊のガキの趣味としてはどうなんだと思うが(笑))。 しかし彼は、無名の若手内野手(当時)、背番号37、緒方孝市が好きなんだという。 正直、「こいつは只者じゃない」と思ったものだ。 その後の緒方の活躍は言うまでもない。それどころか、39歳になる現在も現役。 彼の先見の明には、頭が下がるところだ。 時は流れ、僕は大学進学&就職などもあり広島を離れた。 彼は広島に残った。離れ離れになり、関係も疎遠になった。 僕はその故郷ではない地で10年近くを過ごした。 もちろんカープファンだったが、 その地の土地柄の事情や、仕事などの忙しさにかまけて、僕も知らぬ間にカープから離れて生活していた。 何しろ、カープを応援しようにも情報がない。スポーツニュースでカープの結果を確認するぐらいしか出来ない。 仕事絡みの接待などでは、カープファンであることを隠す必要すらあった。 そしてさらに時は流れ、僕は色々あって会社を辞め、広島に帰った。 そして、会長と再び行動を共にするようになった。 会長ももちろんカープファンを続け、一人でライトで声援を送っていたようだが、 近年の弱いカープに、いつも嘆き節は絶えなかった・・・ 今にして思えば、ここで既に、僕らのカープへの熱い思いは復活しつつあった。 しかし・・・その年のカープは、山本浩二の退陣とともに、ついに最下位に沈んだ。 年は明けて、ある時、久々に会長とカープの試合を観に行く事になった。 こんなのは何年ぶりだろうか。 レフトで、何の緊張感もなく、ビール片手にまったりのんびりカープを観ていた。 監督が外人になっても相変わらず弱いカープを。 その試合で、ブラウンが一塁ベースを投げた。 ・・・その瞬間、僕らの中で、何かが弾けた。 止められない熱い思いが甦り、そこからは早かった。 すぐにライトに復帰(笑)し、カープには声援を、敵には野次を送った。僕に関しては10年分の歓声と野次を。 逆転勝ちした試合後、彼は何と半泣きで、そして僕にこう言った。 「おい、K、わしらは一生、カープを応援しよう。もう迷うまいや。わしらの誇りなんじゃけぇ、わしらが強くしよう。カープを優勝さそうや」 僕にも迷いなどなかった。望むところだったから。 現在、それに同調してくれる仲間たちとともに、カープ戦参戦以外にも色々イベントなどやっている。 ブログを立ち上げたのに、コメント以外全然書き込みもしない、いい加減な会長(笑)だが、カープ愛ならどこの誰にも負けない。 それは、僕らが一番知っている。 彼こそが僕らのシンボルだ。 彼がいる限り、アキナガ緒方会は不滅である。 そして僕らは、命ある限り熱狂的カープファンだ。他のチームなんかどうやっても応援できない。無理。それだけは間違いない。 もし来季、市民球場のライトで僕らを見かけたら、「馬鹿がまた来とるのー」って、苦笑いしてください(笑) その中心には、緒方のプロモデルの下に、ヨレヨレの「英心」Tシャツを着てる、僕らの会長がいる筈ですから(笑) |
後日談;
ヨレヨレの「英心」Tシャツは、記載時点で既にA香に受け継がれておりましたが、副会長Kは、酩酊状態(ほぼ常時)につき、「間違い」w
なお、会長が今シーズン(2007年)使用したレプユ二(喜田44)は、I村に受け継がれております。